十日町産地と
青柳のあゆみ

十日町は、総合きもの産地として年間約130,000点の製品を産み出しています。
その約8割が振袖、留袖、訪問着、付下といった後染め商品、2割が紬絣です。
十日町織物の歴史の中で、
青柳がどのように発展したかを、現代から遡ります

時代から歴史を知る

一貫生産開始以降
(1981年~現在)

  • 青柳の歴史
  • 十日町織物の歴史

2018平成30年

工房 一般公開開始

2017平成29年

オリンピック4連覇 伊調馨選手に振袖、
訪問着贈呈

十日町雪まつり雪上カーニバル60周年
(昭和52年以来、織物協同組合が継続参画)

2016平成28年

2代目社長十日町市観光協会会長就任

2015平成27年

最高級ブランド「極美」発表

2011平成23年

公開講座「きものの町・十日町」開催

2009平成21年

絞り振袖経済産業局長賞を受賞

十日町市内全10校の中学1年生を対象に
「十日町市和装教育事業」開始

2008平成20年

「若松光琳竹図」
中小企業庁長官賞を受賞

2007平成19年

「復元光琳松島図」
経済産業大臣賞を受賞

2005平成17年

県地場産業振興アクションプランにて
各工房が共同ブランド「くれまちす」を開発

「くれまちす」の展示会を開催

2004平成16年

「大㐂百花」の歴史でもある百花の
衣装展の企画を始める

十日町織物協同組合青年部会
イタリア トリノにて着物展に参加

2003平成15年

絞り振袖 新潟県知事賞を受賞

十日町織物協同組合理事長に
青柳2代目社長就任

1999平成11年

紬絞り訪問着 
通関東通商作業局長賞を受賞

1997平成9年

「絞り花染め」は25周年を迎え、よりオリジナル性のある賞品の象微として、新しいブランド名「大㐂百花」と命名する

1994平成6年

多色桶染め絞り訪問着 
通産省生活産業局長賞を受賞

1992平成4年

社名を「株式会社青柳」に改める

1991平成3年

桶染め絞りコート 
関東通商作業局長賞を受賞

1990平成2年

京都店開設

桶絞り振り袖 
中小企業局長賞を受賞

1987昭和62年

先代社長青柳大㐂業界への貢献が
認められ黄綬褒賞を受賞

1986昭和61年

多色桶染め 絞り訪問着 
通産産業局長賞を受賞

1983昭和58年

9月 オープンした地場産業振興センター・クロステンにて、全国の和装業界のトップ300余名が集まって「第1回全国和装サミット」を開催。和装産業は”うるおい提供産業”であるとサミット宣言を採択した。

1982昭和57年

風姿花伝 
絞り付下げ通産大臣賞を受賞

“十日町明石ちぢみ““十日町絣”が「伝統的工芸品の振興に関する法律」によって伝統的工芸品の指定を受ける

1981昭和56年

2代目社長就任 先代社長、会長に就任

この頃、一貫作業システムを導入

全国で初めての“きもの誕生色”を制定

創業期から
一貫生産開始以前
(1911~1980年)

  • 青柳の歴史
  • 十日町織物の歴史

1980昭和55年

桶染めと絞りに友禅・箔・剌繍を組み合わせた技法を開発

1979昭和54年

桶絞りコート 
通産大臣賞を受賞

1977昭和52年

先代社長十日町織物組合理事長就任

1956昭和31年

第1回雪上カーニバル

1952昭和27年

青柳織物株式会社設立

競技会にても大臣賞始め幾多の賞を授る

1950昭和25年

第1回雪まつり

1949昭和24年

戦後初求評会

1948昭和23年

織物業を開業する

1938昭和13年

独立して染色業を開業する

先染め産地十日町で初めての友禅染を手がけ注目を浴びる。
見本は現在でも織物組合に保管されている

1935昭和10年

初めて十日町を訪れる。以後地元繊物工場に勤める傍ら独自の染めを考案し、縫い取りにぼかし染めという当時の大ヒット商品を生む

十日町織物工業組合設立

1934昭和9年

防水加工によって、
明石縮が高級夏着尺の王座を確立

1930昭和5年

”意匠白生地”によって
念願の秋冬物が完成。

1928昭和13年

新潟市の誂え染め店に奉公、
7年にわたり友禅技術を修行する

1925大正14年

第1回冬物求評会

1921大正10年

”お召”を開発。

1911明治44年

先代社長 青柳大㐂 新潟市在の黒埼村に生まれる

1910明治43年

十日町で初めて力織機使用

青柳創業期以前
(1910年以前)

1899明治32年

十日町織物同業組合設立

1887明治20年

佐藤善次郎が明石縮の研究

1829文政12年

宮本茂十郎が絹縮と高機を伝授

1805文化2年

十日町組19ケ村の名主が会津藩庁へ差出した「十日町組地誌書上帳」に、民家の8割以上が越後縮を織っていたと記載されている。

1688元禄年間

江戸幕府が越後縮を式服に指定

1573天正年間

上杉氏が芋麻(ちょま)の栽培を奨励

1559永禄2年

上杉謙信が越後布を正親町天皇に献上

1380天授6年

室町幕府が越後布を式服に指定

1192建久3年

源頼朝が越布1000反を勅使に与える

905平安時代

藤原忠平が越後布1000反を買上

753奈良時代

調布として貢納された麻布が
正倉院に保存

1500年前古墳時代中期

十日町では米作りとハタ織りの生活が
営まれていた